私を変えたサバールダンスというマジックショー
初稿: 2013年5月17日
再編集・再投稿日: 2026年9月7日
この記事は2013年に書いた体験を、当時の言葉と温度を残して再編集したものです。
「なんで、音がついて来るの? なんで?なんで?」
これが、私がセネガルで初めて現地のダンスを見た時の感想。
衝撃だった。

私はそれまでいろんなダンスを学んでいたし、いろんなステージを見て来たが、ダンスを見てここまで衝撃を受けたのは初めてだった。
そのダンスは私の知識や想像を良い意味で完全に裏切った。
要するに、いままでの踊りに対する概念を完全に覆された。
文字にするとそのすごさが全く伝わらないのが悔しいが、大勢いるドラム奏者の演奏と、ダンサーの動きがピタっと合うのだ。

でも、このピタっと息の合うドラムの音とダンサーの動きがなんの打ち合わせもなく合っているのだ。
しかも、音はまるで機関銃のように速く、日本人の私からしたら、どこで拍をとっているのかも分からない。

私が見ていた現場は、演者と観客を隔てたステージではなく、観客参加型の路上ライブのようなダンスパーティー。

そこに集った者たちが勝手に踊り出す。
順番が決まってるわけでもない。
ひとりが飛び出し、その人が踊り終わったら別の誰かが飛び出し踊る。

集った人たちでサークルができるので、その中心がいわばそれぞれのダンスを見せるステージになる。
観客は360°という感じ。

私の今までのアフリカンダンスのイメージは、『天に捧げる』とか『豊作を祈る』とかそんな意味のあることを、トランス状態になって踊るイメージだった。
それがどうだろう。
ところが、私が目の前で見たサバールダンスは、そんな私のイメージとはまったく違い、今まで見てきたエンターテイメントをはるかに越えていた。
不思議な上に、面白い。
ドラムの大音量とそのスピードから、聞いてるだけでも息があがる。
そこに、アクロバティックなダンスが加わる。

そして次から次に飛び出すダンサーの激しい動きに対して、ドラムの音がピタっと合うのだ。
それは、まさにマジックショー。
機関銃を撃ちまくる様なドラム演奏に、ダンサーの動きのアクセントで、ドラマーの演奏もアクセントが入る。
「なんで合うの?なんで?テレパシー?なんで?」
踊ってる人は選ばれた人ではない。踊りたい人が勝手に踊り入って来る。
試しに、自分も勇気を出してその円の中心に踊り出てみた。
私はダンスを習っているし、ダンスは普通に踊れる。
リズムをどこで取っていいか分からないが、きっとこの円の中に入ったら、なにか不思議な現象が起こるのかもしれない。
そう思い、すごい勇気で円の中に飛び出してみた。
観客はセネガル人でない私を見て、興奮し、期待の声を上げた。
何か踊ってみた。
が、しかし、様子がおかしい。
ドラムの伴奏は続いているものの、いちばん要であるリーダーの手が止まった。
しかも、チャンチャラおかしいや、といった呆れ顔。今までダンサーを見ていた鋭い眼差しと駆け引きを楽しんでるずる賢い表情はパッと消え、急にそっぽを向いてしまった。
今までのダンサーがしていた様に自分も踊りにアクセントを入れてみるが、まったくドラマーたちは反応してくれない。
見てる観客も「あーあ」と言ったトホホ顔だった。
私は顔から火が出るほど恥ずかしかった。
穴があったら入りたいとはこういうこと。
自分のチャレンジがここまで虚しく感じたのは初めてかもしれない。
私はその円の中心から逃げるように元の場所に戻った。しばらく心臓のバクバクと手の振るえは止まらなかった。
ダンスパーティーはなにもなかったようにまたセネガル人たちが次から次へと踊り出す空気に戻った。
なんて、怖い現場だ。
ほんとに不思議だった。
目の前では、ダンスの動きに対してドラムの音がピタッと合う。
どんなに目を凝らして見てもその法則が分からない。なんでダンサーの動きに音が合うのかヒントすら分からない。
「きっとこうだろう」という推測すらできない。
不思議なダンス。
それがサバールダンスだった。
これが、私がサバールダンスに魅了されてしまったキッカケだった。
このダンスのトリックをどうしても解明したい。
いや、解明しなければもう寝れない。
それから、日本に戻り、日本在住のセネガル人が主催しているサバールダンスクラスに通うようになった。
ステップの手順は分かった。
私は普段からダンスをしているので、そのステップの順番を覚えるのはたいして難しくなかった。
だけど、肝心な私が知りたいトリックの種明かしを教えてもらえることはなかった。
サバールダンスを習い始めて3年が過ぎようとしていたが、私は未だにそのトリックを解明できてなかった。
その間に何度かセネガルに行き、またあの恐怖のチャレンジを試みたが、結果は同じだった。
私がサークルの中に踊り出ると、空気がシレっとなってドラマーの手が止まる。
やっぱり、よそ者は受け入れられないようだ。ものすごい疎外感を感じた。
その時の私の結論はこうだった。
セネガルのダンスはセネガル人が踊る物で、我々のような外国人は踊っちゃいけない。
それにしても悲しすぎる。ここまで魅了されたダンスは今までになかったから。
でもどうしても諦めきれなかった。
また別の年にもう一度セネガルに行った。
そこで光が見えた!
今まではダンサーにダンスを習って来た。
しかし、その年はドラマーに私のダンスを見てもらい、自分のリズムの取り方が合っているのか、一つずつ確かめる、という習い方をしてみた。
そこで初めて、同じように踊っているつもりでも、音と噛み合う動きと、噛み合わない動きがあることが分かった。
まさにそれこそが、ずっと何年も私が欲しかった、知識。
私がトリックと思っていた種明かしの部分だった。
私が出会った人たちは、何もそのトリックを隠していた訳じゃない。
私で言うトリックは、彼らにとって呼吸のように自然なことだった。
だから、あえて言葉にして説明する必要がなかったのだと思う。
自分が見つけた物を、私は日本人に伝えられる形に分解し、言語化しようと思った。
種明かしを説明できれば、私たちもマジックショーのようなダンスを共有できる!
それからというもの、私の言葉で、私の解釈でサバールダンスを伝えるようになった。
それが、私がサバールダンスを自分のダンスクラスで教えるようになったきっかけである。
その当時、私が見ていた範囲では、あのサバールの機関銃の中に踊り出る日本人はほとんどいなかった。
今では、たくさんの日本人がサバールダンスを楽しんでいる。
サバールダンスを、自分の身体で感じてみたい方へ
FATIMATAのクラスでは、初めての人にも分かるように、リズムと身体の使い方を基礎から伝えています。