WordPress版公開:2014年2月21日 / 再編集:2026年10月3日
私がセンターに立たないステージ
2014年2月22日、生徒の発表会を控えている。
発表会とは言っているが、私は生徒と一緒に踊るショウタイムのつもりだ。
今まで「発表会」と言って来たものはみんなそうだった。
表向きは「発表会」とは言っているが、中身はファティマタ&仲間たち。
私も必ず一緒に踊る。
しかも、毎回、一番盛り上がる重要なパートでは、私が一番目立つポジションで踊っていた。
しかし、今回のステージはそれを一変させた。
それは、
私が、ほとんど踊らない。
体の限界?
去年からずっと、膝の調子が悪い。
踊れば踊るほど悪化する。
クラスを1本終わらせると、たいてい膝が炎症を起こして腫れている。
まだ、板張りの床ならよいが、床が硬かったりすると、帰りは足を引きずって帰らなければいけなくなる。
それで決めたのだ。
「今回はあまり踊らないことにしよう。」
今まで見えなかったこと
誰よりもダンスが好きだと自負している私が、『踊らない』と決めるのは断腸の思いのように見えるが、それが、それほど苦痛ではなかった。
なぜなら、自分が踊らないことで、人を踊らせることの楽しさが今までよりも倍増してしまったから。
もちろん今までも生徒が踊れるようになるのは楽しかった。
だけど、自分がセンターに立っている間は、無意識的に『自分がこの中で一番でいたい。』というエゴが働いていた。
でも『踊らない』と決めた今回は、こんな気持ちがいつもあったのだ。
『どのパートで誰を一番にしよう。』
ソチオリンピックのコーチと選手
そんなタイミングでのソチオリンピック。
プレッシャーの中で闘っている選手も感動的だったのだが、それを支えて来た指導者たちの表情、インタビュー、エピソードにやたら目が行ってしまった。
選手のそばには、支えてきた監督やコーチがいた。
選手はコーチを信じ、コーチは選手を信じ。
どちらが欠けても成り立たない。
今まで私は、コーチ(先生)は選手(生徒)より名プレーをしなければ、指導者としてかっこ悪いと思って来た。
だけど、それは私の思い込みだったのだ。
このオリンピックというタイミングで、それが決定的なものになった。
今回、自分の役回りを変えてみて、ようやく指導者としての自覚を持てたような気がする。
そして、今までの迷い、『踊らなかったらダンサーとしての価値はない。』という気持ちはすっかりすっ飛んだ。
なぜなら、最後のリハで楽しく華やかに舞う生徒たちを客観的に見て、心が踊る自分がいたから。
私のダンスは終わることはない。
私のもとで踊りたいと思ってくれる人がいる限り……。
