2004年の体験記|WordPress版公開:2014年8月17日

突然現る、黒い塊

タバスキが終わった。

結局ゼイヌは1度も姿を現さなかった。

もうすでに彼のことはどうでも良かった。

ただ、貸したお金のことや、私との約束を破ったことが頭から離れず、それを思うと腹立たしかった。

タバスキから2日くらい過ぎ、部屋でくつろいでいたら、ゼイヌがひょっこり帰って来た。

「サヴァ!」

ゼイヌは何ごともなかったような顔で私に挨拶すると、部屋に入り、ベッドに座った。

あなたがいなかったことで、どんだけ辛い思いをしたか。涙で見せてやろうと試みたが、こんな時はちっとも涙が出てこない。

「どこに行ってたの?」と私が尋ねると、こともあろうに、ゼイヌは「チェス」と答えた。

チェスはユッスーがいるところ。

本来ならば、私も招待されていたはず。

あまりに予期していなかった返答に、何から言っていいのかわからなくなった。

ゼイヌは「お姉さんが病気で」から始まり、訳のわからない言い訳を並べ始めた。

もう、耳を傾ける気にもならなかった。

あんなに夢中になっていたゼイヌが、今は黒い塊にしか見えない。

「ユッスーになんで彼女を連れて来なかったんだと怒られたよ。」と調子よく笑った。

「最低!」

私は大きな声を出した。

平気な顔で彼がここにいること自体が腹立たしい。

顔も見たくない。

私は、部屋を飛び出した。

怒りがおさまらなかった。

どこへ行くあてもなく、とりあえずアシュラムの街をフラフラ歩いた。

これから残り1ヶ月どうしよう。

怒るのも悲しむのももう疲れた。

第18話の原記事に掲載された写真

しばらく歩いて、アパートに戻った。

自分の部屋に戻るとゼイヌはいなかった。

と、その瞬間、「ハッ!」と嫌な予感が走った。

私は鍵が開けっ放しになっている自分のスーツケースに駆け寄り、慌てて中を確認した。

さっきお財布を一番上にポンと放り投げて、スーツケースをバタっと閉めたまま、鍵をかけるのを忘れていた。すぐにお財布の中を確認した。

「やられた!」

確実にあるはずのお金がない。

頭の中が真っ白になった。

別のバッグの中も確認した。

お土産用に買った新品の香水が数本なくなっていた。

完璧にやられた。

ここはセネガル。

日本じゃない。

ウカツだった。

でも誰が盗ったかの証拠はない。

ヤマだって簡単に中に入れる。

あの時、いつものようにスーツケースに鍵をかけとけば・・。

後悔の念が頭の中をぐるぐる駆けめぐった。

悔しくて、やりきれない。

日本円にすればたいした額ではない。

ただ、自分の気が抜けていたスキを狙われたことと、なによりこの部屋で物がなくなったことがショックだった。

そういえば、ヤマが言っていた。

「私は家族でも信用してない。」と。

やっぱりこの国、最低!

犯人は誰?

私は無気力のまま、居間に行った。

相変わらず、ヤマとベンジーがテレビを見ていた。

その二人に向かって私は先ほど起きたことを報告した。

「あるはずのお金が私の部屋から無くなりました。」

ベンジーもヤマも驚いた顔をして私を見た。

「いくら?」

ヤマとベンジーが同時に尋ねた。

「1万セファ(約2000円)。」

私は少し言うのが恥ずかしかった。

実際、騒ぎ立てる程の大きな額じゃなかった。

だけど、このアパート内で無くなったことに変わりはない。

私たちの知っている誰かだとすると、額の問題ではなかった。

「私たちのこと、疑ってる?」

そう、ヤマが尋ねて来た。

「いや。」と私は答えた。

するとベンジーがヤマに早口のウォロフ語で何かしゃべった。

ヤマもちょっと熱くなり、身振り手振りをつけてベンジーに言い返した。

どうやらベンジーがヤマのアリバイを確認し、ヤマは自分の潔白を主張しているような流れだった。

するとベンジーはとてもゆっくりな口調で私に忠告してきた。

「いつでもドアの鍵をかけなさい。そしてもう誰も中に入れないこと。ヤマ、お前も部屋に入っちゃダメだ。」 ベンジーの顔は真剣だった。

「ここで、こんなことが起きることは、僕にとっても許せないし辛い。だけど、誰が犯人かを追及すれば、もっと辛くなるだけだ。言ってることわかるかい?だからこのことは忘れて、残りの滞在を安全に楽しく過ごして欲しい。」

私の中では犯人と思える人はひとりしかいなかった。

ベンジーたちもそう思っているかも知れない。

でも、それを追及すること自体が悲しいことだと、みんな思っているように見えた。

犯人を知ったところで誰もハッピーにならない。

私の中でゼイヌは終わった。

もう見たくもないし口もききたくない。

ドアを厳重に施錠した。

これでゼイヌがひょっこり現れたとしても、状況は読めるだろう。

とにかく頭を切り替えなければ。

私にはあと1ヶ月弱セネガル滞在が残っている。

とにかく、悔いの残らないセネガル滞在にしないと。

もう、二度と来ることのないセネガルだから。

ようやく目を覚ました私は、しばらく踊っていなかったことに焦りを感じ始めた。

サバールに触れたい。

そう思った私は、現地のダンサーたちのことを思い出した。