02ダンス

サバールとアフロビーツはなぜ交わらないのか ——ダンスは“設計”で壊れる

“成立しないバトル”を見てしまった話

先日、「アゾント VS サバール」というエキシビジョンを観に行った。

ガーナとセネガル、それぞれの国で行われたバトルで勝ち抜いた、今まさにガーナとセネガルで旬なダンサーたちが来日して、それぞれのダンスを見せてくれるという企画。

そのイベント情報は、それぞれのダンサーたちのSNS投稿からキャッチした情報だった。

アゾントもサバールも、どちらも私が10年以上関わっているジャンルである。
招聘されているダンサーたちも、両者とも現地で実際に見ている。

まさに、私にどストライクのコンテンツであると同時に正直、ザワついた。

「これ、成立しないでしょ。」

ロジックで考えると、どうしても引っかかる。
だから、どうしても気になって見に行ってみた。

そして、結論から言うと、やっぱりその違和感は的中していた。

 

本来の意図は”融合”だったはず

今回のイベントは、
ガーナとセネガルのダンサーを招聘して、VSとうたいながら、”融合”や”交流”をしながら、それぞれの文化やダンスを紹介することが目的だったはず。

ステージの構成はこうだった。

サバールドラムでアゾントを踊る。
アフロビーツの曲でサバールを踊る。

要するに、お互いの土俵に相手を乗せる設計。

これ、一見”融合”っぽいけど、実際はかなり危険な取り組み。

なぜなら、前提が違いすぎる。

 

一番大きいのはテンポの違い

アフロビーツはだいたいBPM100~140。
このレンジでグルーヴを作っている。

サバールはどうかというと、170以上。(もしくはそのハーフのテンポで、倍に刻む。)

つまり、それぞれの適したテンポで引き立つダンスの表現になっている。

同じ土俵に立たせる条件が揃っていない以上、お互いの良さは必ず殺し合う。

サバールのドラムで踊るにしても、グルーヴの出しにくいテンポ感で、アゾントは踊れない。

結局、ガーナダンサーたちは、そのテンポで表現し得るトラディショナルダンスを踊らざる得ない状況になっていた。

 

音を重ねる設計の難しさ

サバール演奏の後は、アフロビーツの楽曲でサバールダンサーたちも踊るフェーズ。

融合の狙いでの設計は『アフロビーツの音に、サバールドラムの音を重ねる。』(おそらく主催側の意向)だったが、

見るからに、環境が無理すぎていた。

サバールドラムは、バチで叩く太鼓であり、とにかく音量がでかい。
音圧が圧倒的。

それを楽曲の上に乗せるには、ちゃんとしたモニター環境や音響設計がないかぎり、無理。

結果として、サバールを無理やり乗せていたことで、楽曲のグルーヴを歪めてしまう結果になっていた。

 

パフォーマンスの環境の非対称

もうひとつは、ダンスの構造そのもの。

サバールは、ダンサーが主導。
無音でも、ダンサーが踊り出せば、ドラマーはそこに追随して合わせることができる。

一方でアゾントは、楽曲ありき。
音があって成立する。

専属のDJがいて、空気を読んで曲を出せるならまだしも、楽曲の音を出しているのはイベント側のDJだろうし。(しかも、曲はAzontoでもなかった。)

無音になった瞬間、サバール側はそのままパフォーマンスを続けられる。

アゾント側は確実に本来の彼らの持ち味を発揮できないステージ構造になっていた。

 

非常にもったいなかった

それを思ったのは、私がそのジャンルを知りすぎてしまっているからだけで、それに気を止める人なんて他には誰もいないだろう。

ただ、見てしまった以上、私の中で面白い考察にはなったので、記録しておこうと思った。

 
じゃあ、どうすればよかったか

それぞれが一番バエるテンポで見せる。

サバールダンサーはサバールで。
アゾントダンサーはアゾントで。

融合させない。前提が違う以上、成立しない。

アゾントなんて、ヒップホップやハウス、ブレイキンなどのストリートダンサーたちに一番響きやすいアフロダンスなはず。
その証拠に、たくさんのストリートダンサーたちが、アフロビーツを取り入れて踊っている。

その本物をこんな間近で見れる絶好の機会だったはずなのに、『設計』でその機会を壊してしまった。

 

理解することが、その文化へのリスペクト

今回のステージを見ていてとても感じたことがある。

ダンサーたちは、みんなチャンスを掴むために踊っている。

それは日本でも、アフリカでも同じ。

アフリカ現地のダンサーたちも、限られた機会の中で、自分のダンスを見てもらうために全力で戦っている。

日本にアフリカンダンサーを招聘し、チャンスを広げる機会を作る活動そのものは、本当にすごいことだと思う。

簡単にできることじゃないし、誰にでもできることでもない。

だからこそ、思う。

ダンスには、それぞれに背景がある。

リズムの構造も、身体の使い方も、文化も違う。

それを理解しようとすること。

その積み重ねこそが、文化に対するリスペクトになる。

知らないこと自体が問題なんじゃない。

知らないまま扱ってしまうことが、結果としてズレを生む。

今回の体験は、そのことを改めて感じさせてくれた。

 

それでも、やってみたいと思った

ここまで書いておいてなんだけど。

じゃぁ、サバールとアフロは完全に交わらないかと言われると、そうじゃないとも思っている。

むしろ、だからこそ、そこに興味がある。

この両者の構造の違いを理解した上で設計すれば、全く新しい形で再設計できる。

現に、セネガルのダンサーがレゲエやヒップホップの中でサバールを取り入れて踊る動きは、SNSでも少しずつ出てきている。

 

身近な楽曲で触れるアフロサバール

だからちょうどよい落とし所はここ。

私のクラスでは、馴染みのあるような楽曲に合わせてサバールのステップやエッセンスを取り入れて踊っている。

サバールのルールをそのまま持ち込むというより、どことなくセネガルのノリを入れる。

そのことで、マニアックでもなく、エッセンスとして楽しむことができる。

こうなると、融合ではなく再設計になる。

正直、まだ正解はない。

アフロのテンポでサバールをそのまま踊ると、成立しないのも事実。

だからこそ、BPMから設計し直す必要がある。

これは、既存のジャンルの中でやる話ではなく、

新しく作る領域だと思っている。

だから、試行錯誤しながらやっている。

毎週日曜日、「アフロサバール」。

興味があれば、ぜひ。

 

 

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