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ひょんなことからツアー窓口就任

セネガルに恋人が出来た私は、日本に帰って来てからも頭の中は来年セネガルに行くことでいっぱいになっていた。

そんなある日、在日のセネガル人からセネガルツアーをやるから手伝って欲しいという話しがあった。

セネガルに関わることができるお手伝いならと、私は喜んで引き受けた。

 

そのお手伝いとは日本語があまり出来ない彼から、参加者の飛行機のチケット手配をして欲しいとの申し出だった。

彼の携帯メールから日本人らしき名前が届いた。

彼のセネガルツアーに参加を申し込んだ人たちだった。

しかし、送られて来たその参加者の名前は彼が呼んでいるニックネームだったのだ。

私がお願いされているのは、参加者の名前での航空券の予約。

常識的に考えてニックネームじゃ航空券の予約はできない。

まずは参加者たちのフルネームを確認してからじゃないと手続きを進められない。

私は片言のセネガル人を挟んでの確認は危険な伝言ゲームだと感じ、直接参加者に電話して確認作業を進めることにした。

参加者たちは日本人である私からツアーの確認の電話が行ったことでかなり安心した様子だった。

それもそのはず。

当時、アフリカ旅行と言えばまだ情報が少なかった。

セネガルに関するガイドブックはどんなに大きな書店に行っても見当たらないし、チケット代だって安くない。

私たちがテレビで目にするアフリカと言えば、体にペイントしたり、得体の知れない物を食べたりするようなものばかり。

それなのに、ツアーの主宰者は日本語があまり分からないし、事務手続きもしっかり行われているのか分からない。

期待より不安の方が大きくて当然だ。

参加者は日本人の私の声を聞いて、ここぞとばかりにいろんな質問をしてきた。

何を持って行けばいいのか、向こうで何かあった場合どうすればいいのか、暑いのか、寒いのか、お金はいくらくらいもっていけばいいのか、等々。

全ての参加者がみな同じような質問を私に投げかけて来た。

チケット手配のお手伝いが、知らない間に私が窓口になって参加者のサポートをするようになってしまったのだ。

参加者の対応をしていくうちに参加者たちが抱える不安や欲しい情報など、いろんなことを知ることが出来た。

対応していくうちに、いろんな発想が広がっていった。

私が主宰者だったら、どんなツアーにするかな?

私だったらこんなツアーにするだろう。

日本人として、ダンサーとして、女子としての望みが全部叶って、安心して行けるツアー。

 

お手伝いするうちに、自分がセネガルツアーを企画することをイメージして楽しむようになっていた。

 

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恋人はセネガル人

セネガルとの遠距離恋愛。

彼とのコンタクトはたまにの国際電話とインターネットでメッセンジャーを利用してのチャットだった。

遠距離恋愛が始まってから何ヶ月も経っていた。

彼の大学の試験や旅行などで何日間かコンタクトが途絶える日はあったものの、それ以外はたえずチャットで会話を楽しむ日々を送っていた。

セネガル人のオーバーな愛情表現が文字で送られてくる度に、遠距離の寂しさを紛らわしてくれた。

ハートの絵文字をどちらが多く送るかを競い合っているだけで幸せだった。

朝起きた時も、仕事から帰宅した時も、何よりも先にパソコンの電源をオンにした。

 

ゼイヌとの再会まであと数ヶ月。

ゼイヌは私と一緒に暮らすアパートをすでに探し始めていた。

年末に大学からかなりたくさんの奨学金が入るらしく、ゼイヌはそれをアパートを借りる資金としてあてにしていた。

私としては奨学金をアパート代に充ててしまうのはちょっと気が引けたが、ゼイヌがそうしたいと言っていたので、そこは甘えることにした。

メッセンジャーから「やっとアパートが見つかった。」との嬉しい知らせが来た。

そのアパートはゼイヌが働いているシーベルのすぐ近くで、かなり広く家具も充実しているらしい。

ゼイヌは「僕の実家の近くだから食事はうちで食べればいい。」と提案してくれた。

それって、もうゼイヌの家族も公認ってことだ。

私は舞い上がった。

遠距離恋愛は大抵うまくいかないとよく聞くけど、こんな風にうまく行くカップルもいるものだ。

世間のうまくいかないカップルたちに私たちを見せつけてやりたいという何かに勝ち誇った自信と、この上ない幸せで満ちあふれていた。

自分がこんなに忠誠心をもった恋愛をしたことは今まで無かったかもしれない。

そんな充実感を感じていた。

 

 

突然のプロブレム

そんなある日、いつものようにゼイヌからチャットが来た。

なんとなく緊迫している様子だった。

出だしの絵文字はハートではなく、困った顔の絵文字の連打で始まっていた。

 

「どうしたの?」と尋ねると。

 

「プロブレム」とゼイヌ。

 

ゼイヌが契約したアパートが急に改修工事をすることになったらしく、もし私がセネガルに到着する1月までに全ての修理を終わらせたければ、敷金と家賃を早急に払わないといけないということだった。

ゼイヌの言っている意味がよくわからない。

実際、そんなことってあり得るのか?

相手の国はセネガル。

日本の常識が当てはまるとは限らない。

もう、そういうものだ、と信じ込むしかない。

 

「で?何がプロブレムなの?」と聞き返した。

 

「奨学金の入金を待っていたんじゃ間に合わないんだ。」

 

なんとなく嫌な予感が走った。

 

「で?」

 

「お金を貸して欲しい。」

 

それと同時にまた困った顔の絵文字の連打だった。

私は迷わなかった。

将来エリートのゼイヌ。

女性からお金を借りるなんて本来ならプライド的に許せるわけがない。

ここは断腸の思いで私に頼み込んだに違いない。

私で良かったらいつだってゼイヌを助けたい。

 

「いくら欲しいの?」

 

少し間が開いた。

再び困った顔の連打。

 

「35万セファ(約7万円)」

2人で済むアパートにしてはかなり高額。

でも私はそれに関して何も聞かなかった。

そして翌日、私はゼイヌが要求してきた35万セファを彼に送金した。

数日後、着金のお知らせと共に超スイートなメッセージが届いていた。

「お金受け取ったよ。ありがとう。今日も君の夢を見て寝るよ。世界の果てまで愛している。マイベイビー。」

そのメッセージを見てほっとした。

私は愛している彼の役に立てた。

それだけで嬉しかった。

そのメッセージを眺めながら、私はゼイヌとの再会の瞬間を想像した。

 

ダカール空港、人込みを掻き分け、お互いを見つけた二人は両手を広げて駆け寄って、私はグイっと持ち上げられて、宙に浮いたまま彼と一緒にクルクル回る。

そして、ゼイヌが用意してくれた2人だけの愛の巣へ、ゼイヌのエスコートで向かう。

あああ、待ち遠しい。

この会えない時間が、私を益々夢中にさせて行った。

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ファティマタセネガル物語 第7話へつづく

 

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外の子ども達にお菓子や余ったご飯などを分け与えることはセネガルではとてもよい行為とされ、それが巡ってご利益として戻って来ると考えられている。
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